第8回TUPReP クロストーク
SOKAP-Connect パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究(TUPReP)では研究者・学生の皆様を対象とした第8回クロストークを開催いたします。
テーマは「医学史研究の立場からの感染症」です。
イギリスと日本の精神医療の歴史と感染症の歴史を中心に研究されている、東京大学大学院人文社会系研究科 鈴木晃仁先生を講師としてお迎えし、全体史
(トータル・ヒストリー:ある時代と地域を取り上げ、住民の生活と、その背景の政治・経済・文化・技術・環境などの複数の領域が重なるありさまを分析する手法)の観点からお話しいただきます。
ハイブリッド開催となりますが、対面会場では参加者同士での簡単な交流会も行いますので、ご都合がよろしければ、ぜひ現地にお運びください。
たくさんの皆様のご参加、お待ちしております。
医学史研究の立場からの感染症
19世紀ロンドンと東京のコレラ流行の比較-川と運河と日常生活の水利用について
開催日時 | 2024年11月27日(水) 18:00-19:30(議論が続けば延長) |
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開催形式 | 対面とオンラインのハイブリッド形式 |
対面会場 | 東北大学医学部6号館1階 講堂 星陵キャンパスMAP08(http://bit.ly/40GFWp7) |
講演「19世紀ロンドンと東京のコレラ流行の比較ー川と運河と日常生活の水利用について」
【司会】 坪野吉孝(東北大学大学院医学系研究科 客員教授)
【交流会】 対面会場では、終了後、簡単な交流会を行います
【対象者】 東北大学の教員・学生 / 東北大学外の研究者・学生
・パンデミックに関する学際研究に関心のある方
・とくに若手の参加を歓迎します
・できれば対面会場で討論に参加していただくことを推奨します
【使用言語】日本語
【参加申込】下記のURLよりお申込みください。
https://forms.gle/Hbo8HSVKtn4mSLDs7
【申込締切】 2024年11月26日(火)15:00迄
※Zoom参加リンクは前日の夕方配信
〈講演要旨〉
現在の学問の世界で推進されている、複数の視点を持ち込むという潮流は、歴史学を見ると、全体史 (トータル・ヒストリー)と呼ばれる方法と共鳴している。
ある時代と地域を取り上げ、住民の生活と、その背景の政治・経済・文化・技術・環境などの複数の領域が重なるありさまを分析する手法である。
古典としては、エマニュエル・ル・ロワ・ラデゥリの『モンタイユー』(1975, 1990)や、カルロ・ギンズブルグの『チーズとウジ虫』(1976, 1984) などがあげられる。この全体史の手法は、新しい医学史の領域でも中心になっている。ことに疾病を含む歴史学や医学史の視点では、経済・文化・技術・環境などと疾病の関連が明らかになるので、多様な視点を重層的に取り込むことが必要となる。
たとえば、17・18世紀のイングランドの南東部地域のマラリアの興亡を描いたメアリー・ドブソンの Contours of Death and Disease in Early Modern England (1997)、17世紀から19世紀の狂気を描いたロイ・ポーター の Mind Forg'd Manacles (1985) 、18・19世紀のフランスの水系感染症を軸としたジャン=ピエール・グベールの『水の征服』(1991)、そして19世紀末のハンブルクのコレラ大流行と対策を描いた リチャード・エヴァンスのDeath in Hamburg (1987) などが、トータル・ヒストリーと疾病を重ねて論ずる書物となっている。
この講演では、全体史の視点でみた感染症の歴史という手法を取り入れ、19世紀から20世紀に世界で大流行したコレラに注目する。そして、その中で、「水」に軸をおきたい。
時代と地域は、19世紀中葉のロンドンと19世紀中葉から20世紀初頭の江戸・東京である。
ロンドンでは、テムズ川の悪臭化、コレラなどの水系感染症の流行、それに対応する下水道の建設という大きな転換が起きた。
一方、江戸・東京では、下水道の建設は遅かったが、19世紀中葉から流行したコレラは、19世紀末には減少を始めている。
この二つの都市の対照はもちろん最も重要な違いであるが、より広い領域を見ることができるトータル・ヒストリーの視点でみると、両都市が持つ他の重要な点を見ることができる。たとえば、ロンドンのテムズ川と江戸・東京の隅田川という象徴的な川、両都市で経済や文化で重要な役割を果たした運河、コレラの時期の公共の領域・私的な領域でのメッセージ、個人の生活の構造や行為の中で、水を飲む、洗う、調理に使う、糞尿やゴミを処理することなど生活用水の違い、そしてコレラに対する新しい対応が持つ意味などを見ることができる。このような多くの領域の比較を通じて、そこに19世紀の二つの大都市で起きたコレラ流行と克服・衰退の全体史を論じたい。
ある時代と地域を取り上げ、住民の生活と、その背景の政治・経済・文化・技術・環境などの複数の領域が重なるありさまを分析する手法である。
古典としては、エマニュエル・ル・ロワ・ラデゥリの『モンタイユー』(1975, 1990)や、カルロ・ギンズブルグの『チーズとウジ虫』(1976, 1984) などがあげられる。この全体史の手法は、新しい医学史の領域でも中心になっている。ことに疾病を含む歴史学や医学史の視点では、経済・文化・技術・環境などと疾病の関連が明らかになるので、多様な視点を重層的に取り込むことが必要となる。
たとえば、17・18世紀のイングランドの南東部地域のマラリアの興亡を描いたメアリー・ドブソンの Contours of Death and Disease in Early Modern England (1997)、17世紀から19世紀の狂気を描いたロイ・ポーター の Mind Forg'd Manacles (1985) 、18・19世紀のフランスの水系感染症を軸としたジャン=ピエール・グベールの『水の征服』(1991)、そして19世紀末のハンブルクのコレラ大流行と対策を描いた リチャード・エヴァンスのDeath in Hamburg (1987) などが、トータル・ヒストリーと疾病を重ねて論ずる書物となっている。
この講演では、全体史の視点でみた感染症の歴史という手法を取り入れ、19世紀から20世紀に世界で大流行したコレラに注目する。そして、その中で、「水」に軸をおきたい。
時代と地域は、19世紀中葉のロンドンと19世紀中葉から20世紀初頭の江戸・東京である。
ロンドンでは、テムズ川の悪臭化、コレラなどの水系感染症の流行、それに対応する下水道の建設という大きな転換が起きた。
一方、江戸・東京では、下水道の建設は遅かったが、19世紀中葉から流行したコレラは、19世紀末には減少を始めている。
この二つの都市の対照はもちろん最も重要な違いであるが、より広い領域を見ることができるトータル・ヒストリーの視点でみると、両都市が持つ他の重要な点を見ることができる。たとえば、ロンドンのテムズ川と江戸・東京の隅田川という象徴的な川、両都市で経済や文化で重要な役割を果たした運河、コレラの時期の公共の領域・私的な領域でのメッセージ、個人の生活の構造や行為の中で、水を飲む、洗う、調理に使う、糞尿やゴミを処理することなど生活用水の違い、そしてコレラに対する新しい対応が持つ意味などを見ることができる。このような多くの領域の比較を通じて、そこに19世紀の二つの大都市で起きたコレラ流行と克服・衰退の全体史を論じたい。
お問合せ
東北大学大学院医学系研究科
SOKAP-Connect パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究
(TUPReP)事務局 Email: tuprep*med.tohoku.ac.jp