パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究

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パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究

【アーカイブ】コロナとこれからの社会を広く深く考える会 #1

「歴史の転換期に起きたCOVID-19パンデミックと総合知の必要性」
開催日時 2023年1月11日 18:00-20:00
話題提供① 
「歴史の転換期に起きたCOVID-19パンデミックと総合知の必要性」
押谷 仁(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 教授)

 2020年1月にWHOがCOVID-19についてPublic Health Emergency of International Concern (PHEIC)を宣言して3年が経とうとしているが、パンデミックはこれからも当分継続し、まだ見ぬ障害が我々を待ち受けていると予測される。この問題は複雑化し、単一の視点ではなく様々な観点から見ていかなければならないものとなっている。
 そもそもCOVID-19のような新興感染症のリスクは文明の進化に伴い増大してきたもので、21世紀には深刻な脅威となる可能性は1980年代後半から指摘されていた。しかし国際社会はそれを軽視しグローバル化を推し進め、その結果として21世紀の新興感染症によるパンデミックのリスクは人類の歴史の中でかつてないほど高くなっていた。
 2003年中国広東省での報告に端を発したSARSの国際的流行は世界に大きな衝撃を与え、その直後のH5N1高病原性トリインフルエンザAの流行も相まって新興感染症パンデミックへの危機感が高まり、WHOの国際保健規則が改訂されたほか日本でも感染症危機管理の課題の不十分さが指摘された。しかし、世界的にも国内でも結局十分な備えがされず、公衆衛生基盤が脆弱なままCOVID-19パンデミックを迎えたのである。
 COVID-19は2020年1月5日に初めてWHOから報告され、急速に世界中へ拡大した。ここにはWHOの政治的配慮によるPHEIC宣言の遅れや国際社会の対応の遅れが大きく影響していると考えられている。特に欧米におけるリスク認識の甘さから生じた初期対応の遅れはパンデミック初期の莫大な死亡者発生につながり、世界への感染拡大にも関与した可能性が高い。加えてヨーロッパ株(D614G)をはじめとした変異株が発生した結果、COVID-19は制御が困難になりパンデミックに陥ったのである。一方日本国内においては、早期症例の検知や保健所の尽力により第一波の押さえ込みには成功した。しかし、人口が集中している首都圏をはじめとした大都市圏が流行の中心となり、かつこれらの地域ではウイルスが常に残存したことで全国的な流行へと進展した。
 当初、短期間での医薬品の開発による問題の解決が期待され、事実mRNAワクチンを中心としたワクチンの普及はCOVID-19の死亡者の低減に大きく貢献してきた。しかし、実際に承認されたワクチンや治療薬はごくわずかであり、さらにワクチンの効果は時間とともに減弱し、さらにワクチンの効果が低下する変異株が次々と出現するなど、医薬品によって最終的な問題解決には至っているわけではない。
 現在世界でのCOVID-19による死者は660万人を超えているが、実際の各国での死亡数は報告数より遙かに多いと推計されている。日本国内の1日でのCOVID-19による死者は現在400人以上を超えており、さらに日本でも昨年から超過死亡は極端に増加している。これはオミクロン株の登場以降感染者そのものが増加したことが大きく関与していると考えられる。さらに、日本だけではなく各国で、緊急搬送困難事案などの医療逼迫が発生している。
 このような状況下で現在、世界中でCOVID-19パンデミック前の社会に戻そうとする”Back to Normal”の動きが見られる。一方でCOVID-19パンデミックの終わりは未だ見えず、仮にCOVID-19パンデミックが収束したとしても、インフルエンザパンデミックをはじめとした新たなパンデミックが起こる可能性は高い。そのような状況下において、これまでの新興感染症に脆弱な”Normal”に戻ることは本当に正しいことなのか、考える必要がある。

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