パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究

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パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究

【アーカイブ】コロナとこれからの社会を広く深く考える会 #5

「貧困・外国人・夜の街―格差の病としてのCOVID-19」
開催日時 2023年5月24日 18:00~20:30
「イントロダクション」 

押谷 仁(東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 教授)

 COVID-19パンデミックの被害の程度が社会階層や人種によって大きく異なることは、海外の多くのデータで示されている。しかし日本においては、差別や偏見の防止を理由として、このような社会階層や国籍による影響の違いを示すデータは公開されていない。だがこれは、被害を受けやすい人たちがいるにもかかわらず彼らに対する集中的な対策を講じることができないことと同義である。
加えて、いわゆる夜の街のようなサービス業の従事者はCOVID-19の感染リスク高いにもかかわらず、この人たちへ対策は議論してはいけないような雰囲気が存在するために、その実態は不明なままである。このように、今回のパンデミックにおける日本国内の低社会階層や外国人への影響は議論されてこなかったといえる。このままでは、COVID-19パンデミックの次のパンデミックでも同じ失敗を繰り返すことになる。今一度、社会が議論してこなかったこの問題に焦点を当て、考えなければならない。

話題提供①「COVID-19と都市の健康格差」 

中谷 友樹(東北大学大学院環境化学研究科 環境地理学分野 教授)

 健康格差とは、社会的に不利な状況にある人々はより健康の危機にあるという傾向を示す考え方であり、これ自体はCOVID-19パンデミック前から広く知られていた。例えば欧米の大都市では、住む場所によって健康格差が明瞭に現われることが経験的に知られており、日本においても居住地の貧困度を反映して死亡リスクが高いことを示すデータが存在した。この原因としていわゆる剥奪の増幅仮説が有力である。すなわち、個人の経済的不利のみでなく、社会経済的に不利の多い人々の居住地の環境特性が人々に悪影響を及ぼすことで、慢性疾患を引き起こす土壌となり、健康格差を生むというものである。これらの事実を踏まえ、住む環境や公平性に配慮した都市計画がCOVID-19パンデミック前から既に注目されていたのである。
 COVID-19パンデミックが起こり世界的に大都市での感染拡大が進むと、貧困度の高い地域や社会的に不利な居住地でのCOIVD19による死亡率が高いことを示す報告が海外で相次いだ。さらにこれらの地域は肥満などのCOVID-19死亡のリスクファクターや社会的弱者とされるエスニックマイノリティの分布とも重なることも報告されるなど、COVID-19は既に存在した健康格差をさらに拡大させる病として注目されるようになったのである。すなわち、パンデミック前から存在した健康格差がCOVID-19による被害の格差を生み、そしてその格差によって健康格差がさらに増幅されるのである。この状況は、synergyとepidemicという2つの語句を融合したSyndemicとも表現される。
 日本国内においては、特にCOVID-19による死者数が多かった東京及び大阪では、2020年の第1波ではむしろ経済的に有利な人で死亡者が多いという社会経済的な逆格差が見られたものの、流行が進むにつれてCOVID-19による死亡の社会経済的な格差が顕在化したことを示した。これまで、このような国内の健康格差を報告した先行研究は都道府県単位で行われたもので、欧米のように居住地からみたCOVID-19の健康格差に関する情報は十分に存在していなかった。ここには、少数派に対する格差の問題を見ないようにするという日本人の特性ともいえるものが影響しているだろう。しかし、運動の場となる公園へのアクセスが富裕地域ほど優れているという環境の不公正の観点から、COVID-19流行による健康への影響に関する環境の格差の存在が示唆される。また、自殺念慮を抱く人の割合がより都市化した地域や貧困度の高い地域で高いことから、COVID-19流行がメンタルヘルスの格差を拡大したことも示唆された。これらから、健康の社会格差を地理的な問題としてみることはCOVID-19の死亡のみならず、身体活動やメンタルヘルスなどへの波及的問題でも有効な視点と考えられる。
 今回のCOVID-19パンデミックにおいて日本では、居住地による健康格差の増大は欧米ほど顕著には見られなかった。これに関しては、日本の大都市は密度が高く公共交通機関も充実しており、欧米のように貧困の極端な集中がないことが大きなアドバンテージになったと考えられる。逆に、そのために都市デザインにおける公平性が欧米ほど注目されない傾向にあり、地理的な健康の社会格差は日本では「見過ごされる格差」ともいえる。次なるパンデミックにレジリエントな社会を考えるにあたって、今後少子高齢化、人口減少が進み、郊外の衰退が顕著になることも考えると、住む環境や公平性に配慮したアーバニズムに関する議論は今後ますます重要なものとなるだろう。

話題提供②「風テラスの活動について」 

佐藤 香奈子(NPO法人風テラス[風俗業女性支援団体]理事/精神保健福祉士)

 風営法に基づく風俗営業、特に性風俗関連特殊営業に従事する人は、障碍や疾患、幼い子どもがいることなどを背景に他の仕事が困難であったり、人間関係の問題から精神状態が悪化していたりと様々な問題を抱えており、結果として充分な収入が得られていない人が多い。NPO法人風テラスはそのような風俗で働く人のための生活や法律の無料相談窓口として活動している。 
 相談者の傾向として20~30代前半が多く、東京をはじめとした大都市圏で相談者が多い。また、相談者の業種はデリバリーヘルス、ソープ、メンズエステが多く、相談内容は主に生活困窮や店舗トラブル、誹謗中傷である。相談者は事実を全て話すことは少なく、何に困っているか本人にもわかっていないこともある。しかし相談は1度きりで終了してしまうことがほとんどであり、その後の経過がわからないことが多いというのが実情である。
 COVID-19パンデミックの影響により日本で最初の緊急事態宣言が出された2020年4月には、月当りの相談者数が例年の同時期の3倍以上に及んだ。相談者内容の多くは「明日生きるためのお金すらない」という生活困窮に関するものだったが、それと共に社会的孤立や障碍、家庭内暴力、虐待などの相談もあり、コロナ禍以前から存在した問題の顕在化し、直面せざるを得なくなったと思われる。いわゆる「夜の街」はCOVID-19感染のホットスポットとされてきたが、そこで働く人たちは生きるか死ぬかの瀬戸際で苦しんでいたのである。
 相談者が直面している問題は決して風俗特有ではなく、社会の状態や社会の縮図が先鋭的に顕在化されたものと言える。そこに風俗という仕事の社会的イメージが影響し、彼女たちは「誰にも相談できず、誰にも話せない」という状況に陥るのである。彼女たちは自身の仕事の内容や家族関係の問題などから社会的に孤立しており、生きることへのつまずきやつらさを抱えていても、誰にも頼れないまま苦しんでいる。風テラスは相談者が来るまで待つことしかできない。しかしただ待つのではなく、気軽に相談して欲しいというメッセージを発信し続けている。

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