パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究

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パンデミックの社会課題解決に向けた学際研究

第2回クロストークミーティング報告

SOKAP-Connect
第2回TUPRePクロストーク報告
「COVID-19パンデミックと社会格差」
開催日時 2023年11月29日 18:00~21:00
開催方式 ハイブリッド形式
対面会場 東北大学星陵キャンパス・6号館1階・講堂
司  会 坪野吉孝(東北大学大学院医学系研究科 微生物学分野 客員教授)
日本語版記録 大友 英二(東北大学医学部医学科 4年)
参加者 28名(対面18名、オンライン10名)
●全体構成

話題提供① 小坂 健
(東北大学大学院歯学研究科 研究科長)
話題提供② 中谷 友樹
(東北大学大学院環境科学研究科 教授)

第2回TUPRePクロストークでは、「COVID-19パンデミックと社会格差」というテーマのもと、COVID-19パンデミックについて社会格差に着目した議論が行われた。まず小坂健教授からパンデミックと反脆弱性について多様な視点からの話題提供を、中谷友樹教授からは都市の健康格差の視点から見た日本のパンデミックによる健康被害についての概説をいただいた。その後ディスカッションでは、パンデミックと社会経済格差の関係やそれへのアプローチについて議論が繰り広げられた。

●話題提供① 「パンデミックと反脆弱性」
小坂 健(東北大学大学院歯学研究科 研究科長)

 COVID-19パンデミック下において高齢者を中心に多くの死者がでたが、日本は高齢化が進んでいるにも関わらず、世界的に見ても人口当たりの死者数を低く抑えられて国として知られている。しかし、特に若い女性を中心とした各年代の自殺者数の増加や医療従事者のメンタルヘルス、コロナ後遺症による就業困難など、日本に多くの問題が存在したこともまた事実である。

 コロナ禍の日本で見られた重大な人権侵害の1つが面会制限である。これは患者や入居者、その家族の健康に悪影響であることがわかっており、今や病院や介護施設でのクラスター発生は患者よりむしろスタッフに起因することが多いにもかかわらず、そのような点には一切触れられず面会制限は今も頑なに続けられている。このような公衆衛生の原則と人権、思いやりのあるケアのバランスは深く議論されるべきポイントであり、特に日本では「危害を避けること」のみに執着し、「幸福の最大化」や「自主性の尊重」などそのほかの視点は足りていなかったことが海外から指摘されている。

 インフォデミックもコロナ時代の社会で顕在化した問題の1つである。例えば陰謀論の蔓延は、パンデミックのような不安定な社会で人々が自分の社会環境に意味を見出そうとした結果と考えられる。どのような人が陰謀論を信じやすいかについては多くの報告があり、科学や宗教、政治的立場が影響していると考えられている。日本の場合は「深く考える」ことの少ない人ほど陰謀論を信じやすいという報告も存在する。またリスクコミュニケーションの失敗例には香港が挙げられる。香港ではワクチンに関する情報発信の失敗によりワクチン接種率が低くなり、それが極めて高い死亡率につながった。これには香港ではWHOや政府に対する信頼度が低かったことも影響していると考えられている。日本は政府や医療者への信頼度はある程度高く、マスクの着用のような基本的感染対策は貧困層と富裕層の間の中間層ほど徹底していることが分かっている。

 これら以外にも、パンデミックで顕在化した問題は様々である。例えばアメリカでは政治信条が超過死亡に影響しており、共和党支持者では特に超過死亡が多いことが明らかになっている。一方、日本では支持政党別のワクチン忌避傾向や感染状況の差は見られなかった。しかしこの調査には参政党の存在が反映されていないことに注意が必要である。

 当事者を抜いた意思決定は大抵判断を誤るとされる。しかし日本では意思決定にパターナリズムが入り込み、コロナ対応においても「自分が感染したら」というような当事者の視点が欠けていたことが指摘される。当事者の視点を踏まえた、患者に寄り添った対応が求められる。「反脆弱性」とは、不確実でランダムな事象に対して、そのリスクそのものをなくそうとするのではなく、それをしなやかに耐え、それを力に変えていくことである。今回のCOVID-19パンデミックで日本は多くの問題に直面したにも関わらず、次なるパンデミックの備えについては問題に対する1対1のガイドラインの策定を進めるだけで満足している。しかし、今求められているのは問題に対する一つの絶対解を妄信することではなく、状況は時々刻々と変化するという前提に立ったうえで、その問題をいかにしなやかに対処するかを考えることではないだろうか。

●話題提供② 「パンデミックと都市環境の脆弱性」
中谷 友樹(東北大学大学院環境科学研究科 教授)

 2000年代、欧米では世界的に進むコンパクトシティ化やそれに伴う都市の高密度化は、それ以前の低密度な郊外都市よりも肥満などの慢性疾患予防に効果的と考えられてきた。一方COVID-19パンデミックは、都市密度論争に「高密度都市は感染症危機に脆弱になったのではないか」という議論を生んだ。しかし実際には居住地の貧困度とCOVID-19の健康被害の関係はほぼ一貫して確認されており、大都市の脆弱性とは単なる密度の問題ではなく、大都市に存在する格差にこそ注目するべきだと考えられている。

 欧米では、郊外のような社会経済的に不利な地域に住む人は社会経済的に不利な人が多く、さらにその近隣環境の不利により慢性疾患のリスクが高いために、都市中心部との健康格差が発生することは以前から指摘されてきた。そして、欧米でのCOVID-19罹患者や死亡者の分布はマイノリティや貧困、肥満などが集中する郊外と一致していることが米国や英国をはじめ数多く指摘されている。すなわち、欧米におけるCOVID-19パンデミックの被害は既に存在する社会格差、健康格差の影響をそのまま反映していた。そして現在、COVID19による被害の社会格差が、既存の健康の社会格差をさらに増幅するという ’Syndemic’ と呼ばれる現象が起こっている。

 日本は明らかな高密度都市で一見パンデミックに対して極めて脆弱に見えるにも関わらず、世界的に見ても死亡者を少なく抑えられたとして、米英の研究者は日本のパンデミック対応を高く評価している。そしてその要因を、パンデミック時の流行対策やマスク、手洗いの習慣など「好ましい生活様式」として説明している。しかし都市と格差の視点からみたとき、欧米社会より健康格差が流行前から小さく、流行が健康格差を増幅する程度が弱かったからこそ日本のCOVID-19死亡者が少なかったのではないかと考えることができる。実際に特に死亡者の多い東京や大阪の大都市圏の高リスク領域でのCOVID-19死亡を考えたとき、パンデミックの第1波では社会経済的な逆格差が見られ、むしろ人口密度に依存していたことがわかっている。しかし流行が進むにつれて、欧米同様に社会経済の格差によるCOVID-19死亡の格差が顕在化したことが認められた。

 特に第1波で欧米と日本でのCOVID-19の影響にこのような違いが見られたことについて、一つの仮説として日本は欧米と比較して健康格差が相対的に小さかったためであると考えることもできる。しかし日本と欧米それぞれでの都市間での健康格差を国際的に比較できるような資料は非常に乏しい。都市内の居住地間での健康格差の増幅する病、すなわちSyndemicとしてCOVID-19を理解する視点は極めて重要であり、非流行時の健康格差への対策が感染症による健康格差への備えとして肝要である。

ディスカッション
●欧米主導の対策の限界

 欧米の思考様式の特徴の一つに「複雑な問題に対しても単純で絶対的な解を求める」点があり、今回のパンデミックでも欧米はPCR検査の徹底やワクチンによってパンデミックに打ち勝とうとした。しかし状況が時々刻々と変わるパンデミックの中で対応に多くの矛盾や混乱が生じ、被害の拡大につながった。実際のパンデミックの対応に求められるのは、むしろ「不確実性の中で耐える」ようなネガティブケイパビィティの考え方であり、これまでの欧米主導の枠組みに限界が来ているのではないだろうか。

●日本での第1波について

 日本でのパンデミックの第1波は大都市中心に発生したが、この中心となったのは企業の重役や若者などの訪米からの帰国者であった。彼らが帰国後東京など大都市圏で感染を広めたことが分かっているが、この第1波はそれ以上の感染拡大には至らず大都市にとどまった。これには行動抑制に従順で行動に慎重であったという日本人特有の性格が影響していると考えられている。これが、日本では欧米と異なりパンデミックの波がすぐに郊外の弱者層を直撃しなかった要因ではないだろうか。

●なぜ日本は会格差を示す研究が乏しいのか

 日本では、外国人労働者や貧困などの社会格差の影響を明確に示す研究やデータが乏しい。これは格差を直視せず触れたくないという日本人の意識が影響していると考えられるが、それ以上にプライバシーへの配慮や風評被害防止などを理由に行政が情報開示を行わないことが大きな理由である。情報や材料がないために研究も議論することもできないというのが実態である。結果的に、本来注力しなければならないポイントに全く対応できないままであり、むしろこれこそが弱者への差別につながるのではないか。

●日本と欧米ではマイノリティ事情が異なる

 日本と欧米ではマイノリティの特性に大きな違いがある。例えば外国人労働者についても、貧困層を含めた家族レベルでの移民が中心である欧米と異なり、日本に来る外国人労働者の多くは技能実習生で、ある一定以上の能力を持つ実習生が一人で来日する。それ以外にも高齢化率や肥満度、マイノリティの暮らす環境など、マイノリティの実態に多くの違いが存在する、そのため欧米と日本でマイノリティを比較する疫学的研究を行う場合に両者の特性の差を統計的に補正することはほぼ不可能であり、むしろ補正する必要もないとも考えられる。また、欧米と日本のマイノリティの特性にこのような違いこそが、パンデミックによる日本の死亡率が欧米より低かった要因の一つといえるかもしれない。

●欧米以外の国々との比較と日本の強み

 日本でのCOVID-19パンデミックと社会格差の実態を考えたとき、単に欧米と比較するだけでは不十分であり、パンデミック下でのアジアの国々の対応とも比較する必要がある。例えばシンガポールではパンデミック初期に感染者が急激に増加したが、その中心はいわゆるドミトリーで集団生活をする外国人労働者であった。韓国や香港、中国では一般感染者に関する情報開示を徹底しており、特に中国や香港では警察が扱うような詳細な個人情報までも感染対策に利用していた。

 これらを日本と比較したとき、情報の開示については、日本では中国や香港のような厳しい措置がなくてもパンデミック被害を抑えることができたともいえる。しかし、せめて保健所レベルの情報だけでも公開できれば感染対策をより効果的なものにできたのではないだろうか。また、パンデミックの反省を受けた日本政府の今後の方向性は、国主導のパンデミック対応という欧米の枠組みの真似である。しかし日本の本来の強みは地域の力の強さである。欧米の枠組みにとらわれず、他国にはないこの強みにこそこれから注力するべきだろう。

●情報アクセス権を持ったデータ分析班を行政に設置すればいいのではないか

 行政が情報公開をしてこなかったという事実について、厚労省・内閣府など行政内部での分析班(公務員身分、情報アクセス権)を設置し、要約された情報を公開するという方策は可能かという質問があった。しかし行政のルールとしては、たとえ正規の役職についたとしても情報やデータに自由にアクセスできるわけではないのが実態である。コロナ分科会でも、メンバーは「参与」という名前が与えられたが、行政データへのアクセスはできなかった。また仮にアクセスできたとしてもそれは厚労省内でしか使用できず、論文化などの発信は一切できなかった。この問題の最大のポイントは、仮に国が許可を出しても自治体が強く反対するという点である。

●5類移行前後で超過死亡を比較する

 2023年5月から、COVID-19は感染症法上の位置づけが2類感染症から5類感染症に移行したため、この移行の前後で超過死亡などを比較することで、日本人の行動抑制への同調の変化などわかることがあるのではないかという提案があった。しかし、5類以降前も流行の波は何度もあり、超過死亡が示す意味も徐々に変わっている。刻々と変わる状況を鑑みると、ただ比較すればよいというような簡単な話ではないだろう。

 2022年の日本での超過死亡は11万3000人に上った。超過死亡の増加について原因はいまだに明らかではないが、患者個々の要因やウイルスの病態などの様々な要因が絡んでいる。そもそも日本医療がパンデミックに耐えられるシステムではなかったために大量の救急搬送困難事案が発生したことも一つの要因である。

●日本は社会が分断されているのではないか

 日本の第1波では帰国者から大都市圏のみに感染が広がった。これは、ある意味では感染が広まった集団は元から他のコミュニティとは分断されていたのであり、日本社会は高所得者と社会的弱者、外国人労働者やその他のコミュニティなどが分断されているという見方もできる。実際そのような社会だからこそ、集団から集団への感染伝播がゆっくりと進んだとも解釈でき、感染防御に働いた部分もある。これは特に都市部で顕著であり、地方では都市部とは異なりコミュニティ間の関わりが密接であったために感染が急激に進んだと考えられる。

●行動には格差による差がないのでは

 日本では社会格差が拡大しているが、一人一人のパンデミックに対する行動を観察すると、格差とは関係なく皆が同じような行動を取っているように見える。確かに海外では社会経済的状況とワクチン接種率の関係が報告されている一方で、マスクなどは社会経済状況による差がないといわれる。しかし行動様式の違いの有無にかかわらず、大前提としてパンデミック前から健康格差は存在しており、それが今回のパンデミックにより拡大したこと、そしてパンデミック以前から格差が大きい国や地域ほどパンデミック時により格差が増幅したことに注目するべきである。そのうえで、元から格差の小さかった日本で感染を抑制する行動に社会経済的格差による違いがなかったことが、パンデミックによる被害をさらに抑制させた可能性はある。

●省庁のデータベースの問題点

 政策決定にはEBPM(Evidence-based Policy Making)が求められる傾向があり、内閣府のエビデンスシステムであるe-CSTIや府省共通研究開発管理システムであるe-Radなどが整備されている。しかし実際にはエビデンスへのアクセス権や使用権は非常に限定的であり、単なる欧米の後追いの対応が行われるなど、EBPMとは程遠い政策決定が行われている。さらに、各省庁が勝手に作成したデータベースは多数あり、それらが他のデータベースや基本情報とリンクしておらず極めて扱いづらい。この点では日本は欧米から遅れており、現在欧米が行っているようなデータ解析は日本では困難である。一つの解決策として、統計専門の省庁を設立し、データベース作成と公開を担う案もある。

最後に

 日本がこれからのパンデミックに備えるために、ワクチン開発などの設備投資も必要なことは事実である。しかし真に力を入れるべきは、地域のつながりや市民の力を強化することである。その一方で、政府は欧米の後追いのような政策ばかりを打ち出した。この日本の強みも、都市部を中心に失われつつある。しかし2011年3月の東日本大震災後の復興も、東北地方に地域のつながりが強く残っていたからこそ成し遂げられた部分がある。例えば東日本大震災と同じ災害が東京で起こったら、同じような復興はできないだろう。そして日本の強みがこれ以上失われてしまったら、10年20年先にCOVID-19パンデミックと同じパンデミックが起こったとしても今回と同じような対応はできず、より甚大な被害が発生するだろう。欧米主導の枠組みにとらわれず日本の長所である地域の力を維持できる社会のあり方を考えなければならない。

 また、パンデミックへの備えとして普段からの健康づくりも重要である。今回のパンデミックでも、日本人の健康リテラシーが高く日常から健康的な生活を送る者が多かったために、COVID-19への耐性も作られたと考えらえる。パンデミックが起こる前から市民の健康を維持することが、次なるパンデミックの被害を軽減することにつながるだろう。

 2023年9月にNature Medicine誌に掲載された論説(’Coproducing health research with Indigenous people’)では、これまでIndigenous peopleは単なる研究対象でしかなかった反省を踏まえ、知識を生産する段階、すなわちResearch questionを立てる段階からIndigenous peopleが参画するべきではないかと主張している。ここで述べられているIndigenous peopleはグローバルサウスの国々やマイノリティの人々を念頭に置いている。しかし、欧米中心の議論の中で意思決定に主体的に参加せず、欧米の枠組みに囚われている点で、日本人もIndigenous peopleと共通する側面もある。これから国際的な場で議論により主体的に参画するために、本来の日本の強みでもある地域の力、そして日本経験をナラティブなエビデンスとしてどのように国際的に発信していくのか、クロストークを通じて考えることが重要である。

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